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祖母が亡くなって、今年で14年経ちます。私が20歳の時でした。
これまで、誰にも言った事なかったし、ブログにも書いてませんでした。
肺がん」でした。
私が手術したとき「家族で癌患者はいましたか?」の質問にも「いません」と答えました・・・
そんなに重要な質問にも思えなかったし、先生は遺伝ってないと言ってたしね。
でも、心の中ではばぁちゃんの存在をずっと気にしていました。
小さい頃から「MIKAちゃんはばぁちゃんによく似ている」と言われていたし、
体型だって、お母さんよりばぁちゃんだもんな(*-゛-) 骨太でぽっちゃり体型。

表面上では遺伝では絶対ない!と思っていても、どこかに、
もしかして!?と思う自分もいて。よく、孫に遺伝するっていう事を耳にするよね??
でも、祖母は「肺がん」だし、私は「乳がん」だから、、、、、。
とこんな考えがぐるぐると(ーーA;;

祖母は最後まで自分が「肺がん」であることを知らずに逝きました。
私も亡くなってから、母に「実は肺がんだったの」って聞きました。
最後に会ったのは当時私は大阪に就職していて、
成人式を田舎でするために帰省しているときでした。
成人式の帰りにふりそでのまま病院に今の旦那とお見舞いに行き、
ベッドに寝ている祖母を見て、、、私はなんだか他人を見ているような感じでした。
聞き取れない声でそばにいた祖父にごにょごにょと何か言い、聞いてみたら
「成人式のお祝いでMIKAにお小遣いをあげて」と言っていたそう。
帰りに5万円もらいました。その時には5万円が嬉しくて、、、
祖母がそんな(がん)状態だとも知らずにいたし、
まさかこの後何ヶ月後かに死ぬなんて思いもしなかったからね。
私ってサイテーや。。。。
今になって後悔する事ばかりです。
もっと顔を見せてやれば良かったな。とか話聞いてやれば良かったなとか。

最初は腰&足が痛くて、ずっと杖をついていました。
病院に通っていたにもかかわらず、原因が分からずに、
分かった時には、肺がんが腰&足に転移していたんです。
あれよ、あれよという間に入院→抗癌剤です。
今思えば、私があったときには抗癌剤の最中だったのかな?と思うふしがあります。
髪も薄くなってたし、ベッドでぐったりしていたしね。
ホントに不思議ですが、よく「がん」であることを隠し通せたましたよね。
祖母は気づいていたのか、聞いてみたいです。
母に「髪が抜けるんだけど・・・」と言ってたって・・・
だから、もしかして気づいていたのかもしれません。枕についた髪を気にしていました。
もう10年以上前の事だから、がん告知ってしないのが普通だったんでしょうね。
周りで看病をしている家族、、、とても気を使いますよね。
私が思うには、もう、年だったし抗癌剤なんかせずに・・・・
痛み止めやなんかで症状を和らげてQOLを高めたほうがもう少し長生きできたんではないだろうか??という事です。今だから言えるんですよね^^; 
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)なんて言葉もなかったしね。
私がもしもの場合は絶対に自分で決めて、最後までQOLを保てるようにして逝きたいなぁ〜

仏壇で手を合わせるときにいつも、こう語りかけています。
ばぁちゃん、まだまだこっちにいさせてね!
じぃちゃんと仲良く!いつまでも見守っていてね!

☆.。.:*・★°☆.。.:*・★°☆.。.:*・★°☆.。.:*・★°☆.。.:*・★°☆.。.:*・★°

話変わるけど・・・
子供達よ、ドラゴンボール見ながら
「かぁ〜・めぇ〜・はぁ〜・めぇ〜〜はッげぇッ〜〜☆☆」
イヒヒヒヒー♪ヾ(≧▽≦)ノ彡☆ばんばん!!
って私の頭に向かってやるの止めてくんない (y゚ 益゚;)y こ〃らぁぁぁぁ!!!

チャンチャン (≧m≦)ぷっ!



2007.07.09  [Edit]